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明らかに罠である可能性が高いとしても二人の武将は恐れる事無く突き進む。

「いくぜ、おらぁ!」

長曾我部元親が碇槍を振り回せば、敵将は木の葉の如く構えていた盾ごと吹き飛び、

「おぉぉぉっ、烈火ァ!!」

元親の攻撃から命からがら逃げ出せたと安堵した敵達は態勢を整える間もなく、猛烈な炎を纏った槍の連撃に襲われバタバタとその地に倒れ伏す。
共に炎の婆娑羅を操る幸村と元親は互いの攻撃が相手の邪魔になることも無く、むしろ相性は良く、猛烈な勢いで眼前に広がる敵を蹴散らしていた。

「うぉおー、アニキに続け!」

また、そんな二人の勢いに引っ張られるように元親の部下達も一気呵成に攻め込んで行った。

しかし、攻勢も長くは続かない。
それこそが豊臣の策であったかのように、それは突然横合いから現れた。

「うわぁーっ!」

「ぎゃぁーー!」

どっと建物の影から伸びてきた人間の倍はある大きな掌が幸村と長曾我部軍を襲った。
これ以上先には行かせぬとばかりに長曾我部軍の兵士達を今進んで来た道へと吹き飛ばす。
咄嗟に碇槍と槍を掲げ、突き出された掌攻撃を受け止めた二人は顔を向けた先にあった大きな物体に驚愕して目を見開く。

「なっ、何であるか、この巨大な絡繰りは!?」

「こいつぁ…俺達の!!」

各々手にした武器で受け止めた巨大な掌を確認するように視線を滑らせれば、そこには怒りを湛えた様な恐ろしい表情をした仁王像の顔があり、もう一方の巨大な腕がぎぎっと不気味な音を立てて動いた。

「真田っ!」

驚き思考止めている場合ではないと、元親は次の攻撃を予知して幸村の襟首を乱暴に掴んで引っ張った。

「うぉわっ!!」

次の瞬間、二人のいた場所に仁王の腕がめり込む。

「あ、アニキ!仁王像が後ろにも!」

「なにぃ?」

振り返れば、いつの間にか長曾我部軍は絡繰り兵器である仁王像に囲まれ、その退路も断たれていた。

「こいつは骨が折れそうだ」

「長曾我部殿。この絡繰りを知ってるので御座るか?」

襟首を離された幸村が僅かに咳き込みながら、仁王像からは目を離さずに聞く。元親はその質問に眉を顰めて答える。

「こいつは俺達が作った絡繰り兵器の一つだ。…とはいえ、目の前のこれは旧型。何処で手に入れたかは知らねぇが、この俺に旧型の絡繰り兵器で挑もうとは」

豊臣も舐めた真似してくれると元親は好戦的な笑みを浮かべ、己の部下達に指示を出す。

「いいか、野郎共。お前等も分かってるとは思うが、複数で組んで戦え。正面から相手すんじゃねぇぞ」

背面もしくは、側面から一撃を入れたら直ぐ離れろ。愚鈍そうに見えて機動が高いのが仁王像の驚くべきところだ。だが、その分可動域の部品の消耗が激しく、自重が掛かる事も加えてそこが旧型の欠点でもある。仁王像の下半身を狙えと、手短に伝えられた攻略方法に幸村も頷き返し、そこに複数の隊に分かれた長曾我部軍が加わる。

その場で絡繰り兵器の仁王像対幸村・長曾我部軍の激しい戦いが始まった。








時折ぱらぱらと土が落ちて来るようになった頭上に、仄かに感じる地面の揺れ。
遊士は先を行く佐助に声をかけた。

「出口は近いのか?」

「うーん、近いと言えば近いけど…」

ちらと遊士を振り返り見た佐助は今更だけどと続けて言う。

「遊士の旦那は水とか平気?」

その言葉に遊士は少し考えてから口を開いた。

「表に出る為には水の中を通るってことか?」

「通ると言うか、その過程で水を被る事にはなるかも知れない」

はっきりとしない説明に遊士が口を開くより先に佐助がその詳細を語る。

「今進んでる道は秀吉のいる本丸から二の丸に繋がってる道なんだけど、このまま歩いて二の丸に出ちゃうと敵の待ち伏せを受ける可能性が高い」

まぁ、ぶっちゃけると高いと言うよりは絶対だと思うけど。敵は二の丸で待ち構えているはずだ。地下で戦う不利より、出て来た所を迎え撃つだろう。

「だから、俺達は二の丸に入る前に頭上の土壁を破壊して外に出る」

「簡単に言うが、この天井の土壁がどれだけ分厚いか分かってるのか?」

ちらりと自分達の頭上を覆う土壁に目を向け、遊士は佐助の考えを探る様に聞き返す。

「あ、そこは大丈夫。本丸と二の丸を繋ぐ通路の一部は空堀になってるから」

建物ではない分、頑丈さはそこまで考えなくとも平気という事か。

「…水を被るかも知れないって言うのは空堀の近くに水堀もあるからか?」

「そそっ、察しがいいね。この通路は水堀と空堀の境近くに造られてるんだ」

一番の問題は上手く加減して天井を壊さないと崩れて来た土砂で生き埋めになるか、または水の流入で一気に押し流されるかってことだ。

「まぁ、いざ水中に突き落とされてもオレは泳げるが」

遊士は一瞬、覚えておいて損はないと自分に泳ぎを教えてくれた友の顔を思い出して僅かにその口元を緩めた。

「遊士の旦那って言い方がいちいち物騒だよね」

やがて、佐助の歩く足が止まる。上下左右と周辺をくまなく観察した佐助は最後に土壁に耳をあて、ひとり言の様に「間違いない。ここだ」と呟く。
それを受けて遊士も周囲をぐるりと見回し、佐助で視線を止める。

「それで、誰が天井を壊すんだ?」

「あはー…、それは俺様の為にも頑張ってよ旦那」

「やっぱり、オレか…」

「だって俺様の技は天井を壊すのに向いてないから。それに短刀じゃなければ力の加減も出来るんでしょ?」

佐助の言う通りではあるが、遊士は自分の頭上を見上げると暫し考え込み、一つ息を吐くと左腰に挿していた刀の柄に右手を添えた。

「オレの後ろに下がってろ」

遊士は刀の柄に手を掛けたまま数回深呼吸をすると、斜め上の天井を睨み付ける。ぱりぱりと刀を中心に静かに発生した雷。遊士は左足を僅かに後方へと引くと、蒼い雷光を纏った刀を一呼吸で抜刀。天井に向けて満月を描くように刀を滑らせると、そのまま流れる様に縦、横、斜めと乱切りに空を裂く。刀身が届かない筈の天井が蒼い光に切り刻まれ、ぽっかりと丸い形に切り取られる。ずしりと切り出された土の塊は地面に落下するより先に細かく刻まれるが、その体積が変わるわけではない。
スピード重視の斬撃から、遊士は土壁を斬る際に絞っていた残りの婆娑羅を刀身に乗せると小さな雷撃を生み出し、落下してくる土の塊に向かって思い切り鋭い突きを放った。

「これで、終いだ!」

土の塊にぶつかった蒼い雷球は土砂と共に開けたばかりの丸い穴を飛び出し、地上で四散する。

ぱらぱらと落ちて来た少量の土を見上げて遊士は刀を腰の鞘へと納めた。
そして、その一連の作業を少し離れた場所で見守っていた佐助は遊士が披露した繊細な剣技と婆娑羅の合わせ技に感心した様な吐息を漏らす。

「凄いことするね。俺様はてっきり竜の旦那と同じように例の婆娑羅技でバァンッと打ち抜くと思ってたんだけど」

HELL DRAGONのことか。あれは確かに遠距離からの攻撃には向いている。ただ…。

「派手に打ち抜いた後その振動で周りが崩れて生き埋めになったら洒落にならないだろ」

水だけならなんとかなるかも知れないが。

遊士は久しぶりに神経を使ったと小さく息を吐き、それでと佐助を見る。

「あぁ、ここまで来れば後は俺様にお任せ」

佐助は得意げな笑みを閃かせると穴の真下に立ち、己の婆娑羅を発動させる。
鴉に似た鳥が現われ、佐助はその足に手を掛けるとふわりと身体を宙に浮かせた。

「上の安全が確認出来たら縄を投げ入れるから、遊士の旦那はそれを頼りに登って来てよ」

「OK」

頷き返した遊士を確認してから佐助は頭上の穴より外へと脱出した。

穴の中に残された遊士はその視線を上から外すと、自分が歩いて来た地下通路の方へと向ける。姿は見えないが、気配は付いて来ている。遊士はそちらに向けて告げた。

「縄はそのままにしておいてやる。その後の事は自分達の頭で考えろ」

声を投げられて僅かに気配が揺らいだことを感じつつ、遊士はそれきり口を閉ざし、佐助が縄を投げ入れて来るのを待った。





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